髙橋俊弥 ぼのぼの放浪記

天皇陵・古墳・史跡・神社仏閣などを気ままに探訪。その歴史的意義や魅力を、楽しく分かりやすく伝えたいと思っています。

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2016/11/28 [Mon]

『TAKERU30周年イベントに参加してきました』



■『TAKERU30周年イベントに参加してきました』

先週末26日(土)、秋葉原UDXで開催されたブラザー工業さん主催のイベント、
『いま蘇る、TAKERU伝説 ~レトロPCゲームと語る30周年~』
http://www.brother.co.jp/corporate/brand/takeru30th.html
の、セッション02「1986 ゲームミュージックの夕べ」に、トークゲストとして参加させていただきました。
以下、思い出話を交えながら話し口調でつづってみます。稲川淳二口調です。

【オファーは30年前のつながり、から】
登壇のお話を初めてメールでいただいたのは、開催の、1か月ちょっと前あたりでしたかねぇ。
協賛に名を連ねるアスキーさん、あれは84年頃だったかな、当時ハタチそこそこの駆け出しライターだったぼくに「パソコン音楽の記事、書いてみない?」と声をかけてくださって(*1)、そうこうして青山の、最初は北海道拓殖銀行の上だったか、そのあと大仁堂ビルだったかな、まだ「瞬間停電」してた頃の銀座線でね、えっちらおっちら通い始めたんです。
当時は原稿をネットで送るなんて環境はなかったですし、駆け出しライターのぼくがFAXなんぞ持ってるわきゃない。手書き原稿を持参して、あるいは編集部内の空いてるデスクで原稿用紙と取っ組みあってね。陽が落ちると先輩から「夕飯、行く?」なんて誘ってもらえてラーメンをご馳走してもらえたので、わざとそのあたりの時間帯に訪ねたりとかね、ひもじいヤツだったなあ(*2)。

その『ログイン』編集部時代、仮にAさんとしておきましょうか、お世話になった編集者のAさんから、先月、メールをいただいたのが今回のイベント参加のキッカケだったんです。

実はね、そのAさんとも、ずっとつながっていたわけじゃなく、再会したのは去年のことだったんですよ。
ぼくはその、いろいろあって、ゲーム、音楽、出版の分野から離れてましたんでね。
でも、あるキッカケで約30年ぶりに再会できた。
そのキッカケってのが、これは実名でいいと思いますが、去年、2015年ですね、その5月に『ログイン』元編集長の小島さんが亡くなられて、7月だったかな、当時のスタッフが青山に集ってワイワイやる機会があったんです。ワイワイだなんて不謹慎と思う方もいらっしゃるでしょうけど、小島さん、しめっぽいの好きじゃなかったから。訃報を知った時には家族がドン引きするほど泣き続けて、うん、当時から雲の上のひとでね、ホントに雲の上のひとになっちゃったけど、とってもお世話になったし、ロードランナー対決したりの思い出がこみあげてきて、泣かずにはいられなかったなあ。
でも当日は、小島さんってすごい方でしたよね、そうですね、そういえばさあ、とかね、遺影を前に、お世話になった方々と再会できて、語り合えたんです。

ああ、こういうのを縁っていうんだなあと実感しました。

で、翌年、つまり今年ですね、その縁、つながりから、ぼくがゲーム音楽を手がけていたことをご存じだったAさんから、今回の「1986 ゲームミュージックの夕べ」への誘いが届くことになったんですよね。

【登壇できないかもしれない】
そうはいっても、権利関係が複雑に絡みあう業界ですから、仁義を通しておかないといけないよね、と、ぼくはハナから意識してたんです。

85年、約30年前っていったら、なおさらね、何がどうなってるのか、さっぱり分からない。

メールをいただいて返信して、登壇が内定しても、そこらへんの仁義をおろそかにしちゃいけない。やっぱダメでした、とドタキャンを余儀なくされたら、いろんな方々に迷惑をかけちゃう。

『悪魔のワルツ』の原曲作曲者はぼくで、85年にリリースされたゲーム画面やら取説やらにも氏名は記載されてますが、当時と今とでは事情が異なるわけですよ。

だからね、いざとなったら自分が話をつけに行く、とまで腹をくくってたんです(*3)。

そこまでして出たかったの? と思う方々もいらっしゃるでしょうが、縁あって声をかけていただいたのですから、その期待、役割に何とかして応えたかったんですよね。

実は、今回のイベントにさきがけて、ゲーム中で使われていた原曲を初めて収録した『ザナドゥ サウンド コレクション』がリリースされてたんです。
その、リリース記念イベントには、参加できなかった。
だから今回のイベント参加も、ひょっとしたらって、予感がありまして。

でも関係者各位の皆様のご尽力、ご厚意あって、イベント直前といっていい時に参加が正式決定しました。ありがたい、このひとことです、ホントに、ありがたかった。

【なぜイベント当日はX1版を】
驚いたことにね、今回のイベントでは、音楽、静止画、ムービー、全てOKって、こっちが逆にね、え、マジで? と、うろたえましたよ。
「『ザナドゥ』の高橋ですって、公言していいんですか?」と。
静止画とムービーとは先様でご用意していただけることになったんですが、音源はどうします? と。
ためらわず返信しましたよ。

「X1版でお願いします」

でね、さっき触れた『ザナドゥ サウンド コレクション』のディレクターさんに連絡とって、X1実機からじかに録音した音を送ってもらったんです(*4)。

これはトークでも触れましたけど、皆さんが『悪魔のワルツ』と呼んで親しんでくださってるのは、88版のFM音源バージョンなんですよね。
X1版は、それよりも前にこしらえたPSGバージョンなんです。初めてこしらえたゲーム音楽、とっても思い出深い。
動画投稿サイトでも、ほとんど見当たらない、聞けないバージョンです。
だから、一緒に聞きたかった。原曲作曲者がね、原曲が生まれたいきさつを語るなんて機会、もうないはずですから。

【ありがとうございました】
おわりに、ちょっとだけパソコン音楽の楽理的な話をしますとね、これはトークでもちらっと触れましたが、4分音符は8分音符に分割できるわけです。8分音符は16分音符に分割できる、16分音符は、といったふうに分割してくと、4分音符は細分化された音符を「タイ」でね、音が途切れることなくつなげたもの、と、とらえられるんですよね。
じゃ、音の出始めから細分化された音符のいくつぶん、音を鳴らすか、とかね、この解釈で曲のノリみたいなものが生まれるんです。楽器を演奏したことのある方なら、自然とね、身につけていくことなんですが、それを数値で定義してパソコンに入力して演奏させる、例えば「だんだん遅く」なんてのはね、楽譜では指示ひとつで済むけど、パソコン音楽では数値で入力しなくちゃいけない。
例えば4分音符3つのフレーズで「だんだん遅く」するなら、4分音符、付点4分音符、2分音符くらいの割り振りでつなげてみるんです。これ、拍子の概念からははずれてますよね。4分の4拍子だったら1小節内は4分音符4つぶん、4分の3拍子だったら、1小節内は4分音符3つぶんしか書いちゃいけない。人間の演奏者には、昔ながらの記譜に「だんだん遅く」と指示を添えればいいんですけど、パソコンは数値で細かく指定しないといけない。
これが初期パソコン音楽の醍醐味だったし、いろんな工夫がね、腕のみせどころだったんです。

だから譜面なんて書かなかったんですよね。思いついたフレーズをMMLで入力、あとは鳴らしながら数値を調整してく。楽譜でいう拍子とか小節線とか、そんなのにとらわれず、音を連ね、重ねていく、とっても楽しい経験でした。

あれから30年、なんですよね。
このようなことを話す機会を与えてくださった皆様に、あらためて、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。
もしよかったら、皆さんも、パソコン音楽にトライしてみてくださいね!

2016年11月28日

psg05.jpg


*1
当時は、京橋にあった自由国民社さんの『新譜ジャーナル』で、ポツポツと原稿を書いていました。取材・執筆のほか、当時はまだ作曲科在籍中でしたから、レコード会社さんから届くデモテープを編集長さんやデスクさんが聞き、これ、掲載するからコピーしてちょ、と、最も忙しかった時期には、学友に「すまん、譜面におこしてくれる?」と頼んだこともありました。

*2
夕食後、また編集部へ戻って原稿書きや打ち合わせ、ファミレスで朝食をとりながら、徹夜明けのナチュラルハイな状態で、わけのわからん企画が決まったこともありました。だからといって勢い任せのデタラメなんてしたことはありません。どうしたらこの企画をおもしろく記事にできて伝えられるだろう、24時間体制でうんうん唸ってました(たぶん)。なんにせよ度量の深く、刺激的な編集部でした。

*3
この2年前、2014年の某・小芝居イベント開催前には、本社へ赴いて会長(ぼくの在籍時には社長)と話してきました。

*4
音源提供は、tkさんです。CD化へのご尽力、ここであらためてお礼を申し上げます。



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プロフィール

hekmatya2016

Author:hekmatya2016
高橋 俊弥 (たかはし としや)

ものかき・研究者、たまに音楽屋。

1963年、神奈川県横須賀市うまれ。
尚美高等音楽学院作曲科修了。
83年、作曲科在学中から音楽誌の編集に携わり、パソコン誌『ログイン』では「PSG活用教室」を連載。
PCゲーム『ザナドゥ』の音楽制作を担当後、出版社・広告代理店勤務を経て、放送大学大学院文化科学研究科文化科学専攻・人文学プログラムに進学。内堀基光教授に師事し、社会文化人類学を学ぶ。

【学位】
 修士(学術)(放送大学大学院)
【専門分野】
 天皇陵文化論、都市文化論
【その他】
 日本文化人類学会 会員
 日本歴史学会 会員

【主な活動】
『キープル』(自由国民社、1983年)
 ※編集、記事執筆、ソノシート制作。

『ログイン』(アスキー、1984年)
 ※パソコン誌。特集記事および「PSG活用教室」連載。

『ザナドゥ』(日本ファルコム、1985年)
 ※音楽、効果音の製作。

『GO EQUAKE パソコン・ネットが伝えた阪神大震災の真実』
(祥伝社、共著、1995年)

『観ずに死ねるぜ!』
(Web連載およびNTTドコモ広報誌掲載、1997年)
 ※「超B級映画」の紹介と批評。

『MAC OS 8 TIPS大全 ― 禁断の秘技』
(アスキー・メディアワークス、共著、1998年)
『Excel98 Macintosh edition TIPS大全 ― 禁断の秘技』
(アスキー・メディアワークス、共著、1999年)
『Word98 Macintosh edition TIPS大全 ― 禁断の秘技』
(アスキー・メディアワークス、共著、1999年)

『語り継ぐ 戦争の記憶、昭和の声』(Web archives、2004年)

『文化資源としての天皇陵 神武天皇陵「創出」の資源人類学的考察』
(放送大学、2011年)

『陵墓文化論 天皇陵とは何か 宮と陵との地理的関係から読み解く日本の陵墓文化』(放送大学大学院、2014年)

【好きなこと】
散歩、まち探検(日本ウオーキング協会正会員)。
それまで気づかなかったことに気づき、知らなかったことを知って、ワクワクすること。
言葉遊び、言葉の連想ゲーム。

【好きな言葉】
「直感とイマジネーション」
(田所博士『日本沈没』)

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